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      <title>はじワル　～はじめてのワールドミュージック～</title>
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      <language>ja</language>
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         <title>インド旅行記7 巨大スラム </title>
         <description><![CDATA[<img alt="indo7_1.jpg" src="http://www.hajiwaru.com/img/indo7_1.jpg" width="400" height="300" />
空港へ向かう幹線道路（？）はあいかわらず車とバスと牛と羊で騒がしい。救急車は立ち往生し、バスの乗客はなにやら道路に向かって叫び、渋滞で立ち往生した車を狙って物売りが道路をうろうろすうる。

折からスコールも降りだし、あたりはすっかり薄暗くなった。空港までわずか十九キロの道のりなのに、これではいつ到着するものやら。

かなり余裕を持って出てきてよかった。僕はそんな自分の判断にひそかにちょっと満足しながら、タクシーの後部座席に腰掛けている。


ふと、タクシーのドライバーがタバコを買いに立ち寄るとかで、空港への道路をすこし外れて、わき道に入った。

車はしばらくわき道を行って、小さな雑貨屋の前で止まり、ドライバーはタバコを買った。

五本。こちらは箱ではなく一本、二本と、本単位で買う人が多い。日本で見かけるタバコよりもひと回り小さい箱に入っている。

そしてくるっと回ってもとの道に戻るために、車は再度別のわき道へ入っていった。

ふと道の先に線路が見え、車はわき道から広い場所に出た。

するとどうだ、とたんに、見たこともない景色が目に飛び込んできた。

あたりが突然すべての色を失ったかのように茶色く染まり、

いままであれだけいた、騒がしいがパワフルな市中の普通のインド人達は誰もいない。

かわりにちぎれた右腕をぶらぶらさせながら歩く老人、

ボロをまとい目に生気なくうろつく若い女性、

裸のままで道端に転がって生きているのかどうかもわからない男の子。

真ん中にはわずかな水が流れる川と線路があって、その両脇にへばりつくように並ぶ薄茶色の、家とも呼べないような、端切れを組み合わせて作った建物。

そして、その暗がりの奥から、こちらをじっと見る瞳。

そしてその光景が見渡す限りどこまでも広がっていた。


・・・そこが何なのか。理解した瞬間、ゾワッと背中に悪寒が走る。

スラム街だ！それもとんでもない広さの！！

話にはきいたことがある。コルカタには、世界最大の広さのスラム街があると。

いままでも、カイロやウランバートル、ブカレストなどそれなりにいろいろなところの貧民街は見たことがあった。だが、これはいままでのどのスラムとも様子が違った。
徹底してここまで灰色で、生気のない人々の群れを見たことがなかったし、それがこんな街中のわずか路地裏一本はいったところにあるとは予想もしなかった。

しつこく粘っこい、逆にいえば、生への執着の強い、路上の物乞いたちとは逆の、すべてを悟った、諦めみたいなものがあたりに充満していた。

もしこの場所に「ミスター！もっとくれよ！」と悪びれずにニコニコと手を出すあの少年のような姿があればいくぶん救われるだろう。

だが、ここにはすべてをあきらめ悟りきったかのように、ただこちらをじっと見る瞳があるだけだった。

マザーテレサが生涯を貧しい人たちのためにささげると決意したのもこの町だった。
そのときからも変わらずずっと彼らはこうして暮らしているのだろう。
何世代にもわたって。”あきらめ”を受け継ぎながら。

僕が通りかかった場所はスラムのごく一部だ。

きっととてもこんなものではない巨大なスラムをこの町は内包している。
そして、あらゆる宗教も人々も、富めるも貧しいも一緒くたにこの町は内包している。

インドという国はそうして成り立っている。]]></description>
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         <category>はじワル的旅とエッセイ</category>
         <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 20:15:47 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>インド旅行記6 交差点狂騒曲 </title>
         <description><![CDATA[<img alt="indo6_1.jpg" src="http://www.hajiwaru.com/img/indo6_1.jpg" width="400" height="300" />
「ブップー！！」

とすべての車が数秒おきにクラクションをならす。
まるでそうでもしなきゃ運転できないかのように。
このクラクションはおそらく、そこの通行人アブねーぞ！の意味のほかに、
俺が通るぞ！とか、ご機嫌だぜ！とかいろんな意味をこめているんだと思う。

そんな風にすべての車がクラクションをかき鳴らしながら、われ先へとハンドルを切り、そこに巨大なバス、市電、自転車、通行人、それに牛、羊までもが、いっせいに道を行くものだから、プップー！　ブォー！　モーモー！　メーメー！とインドの道路は常に大騒ぎの大渋滞になるわけである。

信号もほとんど用を成さず、大きな交差点には警官がいて、
「ウォー」とか大声でいいながら、腕を振り下ろして初めて流れが変わる。

ウォー信号である。

世界のどこにそんなめちゃくちゃな信号があるか。
あるのである。インドには。

こんな騒ぎだから、車同士が接触することも日常茶飯事だし、どこもここも人々の怒鳴りあう声でいっぱいなのだ。

そして僕が乗ったタクシーも運悪くというか、当然というか、渋滞につかまり、ドライバーは頭の上から三本湯気がめらめらと見えるくらいはっきりとイライラしていた。

時折窓を開けて悪態をついたり、クラクションを力任せにぶったたいたり。僕はその様子にああなんかやな感じだなあと思い、車は大渋滞の中を少しずつにじるように進む。

ふと気がつくと横に白い大きなバンが迫ってきていた。いまにも接触寸前危機一髪、車は止まったが、ご機嫌斜めなドライバーはなにやら勢いまかせに相手に向かって叫ぶ。

それに、バンのドライバーも大声で言い返す。言ってる内容はわからないが、なにやらもめているようであることはわかる。

たぶん割り込んだとか割り込んでないとかで喧嘩してんだろ～な～うるせーなー。

と思ってその喧嘩の様子を眺めていると、

ついにトサカに来たのか隣のドライバーは突然一メートルくらいの物干し竿ような棍棒を持ち出し、タクシーの助手席に突き入れて、ドライバーを小突きだしたのである。
（コルカタのタクシーはエアコンがないため窓全開が基本。ちなみに両者とも、右ハンドル）

うぉぉ。なにやってんだー。っというかそんな棒はどこにあったんだ！？

と思いながらも、僕も後部座席にも飛び込んできそうな棍棒を香港映画張りのアクションで必死によけるのである。

これで頭に血が上ったタクシードライバーはがしりと棍棒をつかんで、なにやらヒンドゥー語で叫びながら、目いっぱい引っ張る

「○％＊×チュクワチュクワ！」（←俺にはこう聞こえる）

と隣のドライバー

「＂〇＄☆зサモワ、サモワ！」（←俺にはこう聞こえる）

とこちらのドライバー

両者棒をつかみ、ゆすりあいながら一歩もゆずらない。
どうなるんだ、この勝負、と思った瞬間。
交差点の警官が「ウォー」と腕を振り下ろす。

とたんにバスも自転車も、牛も羊もすべてのものがいっせいに動きだす。
もちろん棒をつかみあった二台の車も動き出す。

ウォー！！　プップー！　ブォー！　モーモー！　メーメー、チュクワチュクワ！、サモワ、サモワ！！！　！！！！！

これがインド路上交響楽団名物、交差点狂騒曲である。]]></description>
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         <category>はじワル的旅とエッセイ</category>
         <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 20:15:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>インド旅行記5 カレーについて </title>
         <description><![CDATA[<img alt="indo5_1.jpg" src="http://www.hajiwaru.com/img/indo5_1.jpg" width="400" height="300" />
インド料理について、

「インドは日本で言うところの”カレー”ばかり食べていると思ったら大間違いであーる。」

なんてインド通は必ず言うんだ。

その場合、

「本場のカレーは単なる一料理の名前ではなく、スパイスをふんだんに使った汁料理の総称なのであーる。カレーとは奥深きインド料理の真髄。スパイスの果て無き迷宮。ゆめゆめインドはカレーばかりと決め付けるなかれ。」

と、続く。

日ごろこんな風にいわれていたりすると、ワタクシめなどははやくもインド料理の奥深さを勝手に想像して身構えてしまっていたわけなのである。

ところが、本場に来てみて思うのは。
「やっぱり全部カレーじゃん！」
ということ。

味もまあ、違うのはわかるが、俺にとっては結局どれもカレーである。
そしてさらにどこの店に行っても、屋台でも食堂でもカレーばかりである。
ナンとかチャパティとかライスとかつけるものは変わるけれど、それだって、そんなに大して変わるわけでもないのである。

さすがに数日たつとこのカレー、カレー、カレー地獄に辟易して、今日はカレーじゃないのを食べよう！と思って、食堂に入ってメニューを見ながら、「なんちゃらマサラ！」を頼んだら結局カレーが来てしまった。それじゃあ、と思って「ほにゃららドーサ！」を頼んだらやっぱりカレーが来る。くそう、それじゃあこの「チキン・カレー」を、と頼むと、やっぱり食堂の親父（オヤジ）が得意げにカレーを持って来るのである。
そして、カレーを右手で四苦八苦しながら、食べている僕を見て、
「どうだ、ジャパニ（日本人のこと）、インドのカレーはうまいだろ！！」
って顔をするのである。

そういえば以前、ウイグルで羊の餃子ばかり食べていて、嫌になったころに、ガイドが

「わかった。それじゃあ今日は違うところにつれてってあげよう！」
と、言い出し、わくわくしながらつれていってもらった先が”羊のシュウマイ”屋。

がっかりする僕に、
「どうだウイグルの羊は最高だろ！」
とガイドの見せた得意顔を思い出す。

とか書いておくと、なんだかインドの食生活がまずくて閉口しているような気がするが、実はこのカレー。すこぶるうまいのだ。どこの店で食ってもほとんどはずれがないくらいうまい。屋台のカレーなら、３０～４０円程度で、腹いっぱい食える。飲み物のラッシーも最高である。

具体的にいえば東京の本格インドカレー屋と同じ味がするのである。
でも、こんなことを言ったらきっと食堂の親父もがっかりである。]]></description>
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         <category>はじワル的旅とエッセイ</category>
         <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 20:12:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>インド旅行記4 インド流ナンパ術 </title>
         <description><![CDATA[<img alt="indo4_1.jpg" src="http://www.hajiwaru.com/img/indo4_1.jpg" width="400" height="300" />

コルカタ（カルカッタ）はインド人にとっても観光地のようで、
インド各地からおのぼりさんが来ている。

デリーからボンベイから、チェンナイからと、いろんなところから来ているインド人たちもこのサダルストリートに集まっているのだ。

インドといっても広いので、同じ国と言っても、顔も違えば、言語も違う、習慣も違う。そんな各地から来たインド人たちの話を聞くのは結構楽しい。

その中の一人ダージリンからきていた、ラジャ君という青年と仲良くなり、こちらも暇なので、一緒に飯などを食うようになった。

ラジャ君は２５歳、ダージリン（インド北東部の地域。紅茶で有名なところね）の大学の学生で、今は休み期間中なので、コルカタ（カルカッタ）に遊びに来ているらしい。

「コルカタはマジ最悪だろ？あちーし、くせーし、渋滞はすごいし。ダージリンは、いいところだぜ、いつも涼しいんだ。次は絶対ダージリンに来いよ。」

とコルカタに文句をいいながらも、

「でも、ここは都会だからね。ダージリンに無いものも売ってるし。それにきれいな女の子もたくさんいるしな。」

とまんざらこの町が嫌いでもない様子。


このラジャ君、故郷のダージリンに彼女がいるのだが、どうもそれ以外にもいろいろあるようでなにやら、ひっきりなしに電話がかかってきて、飯を食っていても、外を歩いていても、アイラブユー、んーちゅ！などとやり続けて、ひじょーに忙しそうなのである。

よくよく見ればなかなかのオトコマエであり、まあ、もてるのもわからなくはないけれど、それはそれで大変そうだなあと、やっかみ半分同情半分の気分でいたりしながら
「あ、俺？今日本人と一緒にいるよ、マジマジ。なあなあDaichiちょっと電話に出て挨拶してみてよ」
「あー、え？え？ナ・ナマステー」
などとやらされてたりするのである。

さて、そんなラジャ君と、川のほとりをぷらぷらしていたときのこと。突然ラジャ君、目を輝かせて、

「なあなあ、あの子どう？かわいくねえ？さっきからこっちを見てるんだよ。彼女俺に気があるぜ」

むむむ、と思ってみてみると、そこには、茶色のサリーを着たか大学生くらいのインド人の女の子が。インド風のきつめの顔でなく丸顔なのがかわいらしい。たしかにどうもこっちを見て笑いかけているように見える。

「なあペン持ってる？」

「んー持ってるけど・・・」
とペンを渡すと、ラジャ君は適当な紙切れに自分の電話番号を書き付ける。
なるほど。これを彼女に渡すつもりなのだな。


インドの恋愛といえば、どちらかというと、お堅いというか、古風というか、あまり自由恋愛というイメージがない。
以前バングラディシュからの留学生の女の子が大学の同じクラスにいたことがある。
あるとき、彼女は来年結婚するのだとある男性の写真を見せてくれた。
ところが、よくよく聞くと彼女は彼に一度も会ったことがなく、親同士が決めたことなのだそうだ。

いくら親が決めたとはいえ、突然見知らぬ相手と結婚するなんて・・・
日本人的にはなんだかすごく時代遅れで、ともすれば不幸なストーリーのような気もするのだが、それでも、どこかうれしそうに彼の写真を持ち歩く彼女に不思議な感覚を抱いたのを覚えてる。

日本の大学に留学するくらいの家庭だから、それなりに先進的でエリート層の家庭なんだろうとは思うのだが、その彼女の家ですらそれくらい保守的なのだから、インドでも似たようなモンだろうと思っていたのだ。

そうだ、それに、そもそもカーストとかあるじゃないか。
君とカーストが違ったらどうするんだい？
身分違いの恋とかはダメなんじゃないのか？

なんて聞いてみると、

「だいじょーぶ、俺ムスリム（イスラム教徒）だから。」とラジャ君は涼しい顔だ。

むむむ。そーいうもんなのか・・・。
そうか、確かにカーストはヒンドゥー教の制度だし・・・。

しかし、ラジャ君そんな風に口では強気に言いながらも、
直接話しかける勇気はないのか、どことなく距離をとりつつ

まるで人工衛星のように、彼女の周りをうろうろと回っている。

「おいおい、直接話しかけたらいいじゃないか？」

といっても、

「いや、そういうのはまずいんだよ。インドじゃあんまりそういうのしないんだよ。」

「へーなるほど、やっぱ女性に直接話しかけるのはまずいのかい？」

「いや、たぶん彼女は大丈夫だと思うけど、他の男にばれたらやばいんだ。あそこに男がいるだろ、あれたぶん兄さんだぜ。こっちをにらんでるもん。最悪、話しかけただけで殴られたりもするよ。」

「じゃあどうするんの？」

「いま彼女はこっちを見てるだろ、だから、彼女にわかるようにここにはさんでおくんだ。彼女が俺に気があったら、ここのカードを取ってくれるはず。」

と、ラジャ君、先ほどの電話番号を書いたカードを道端の柵のあたりに挟みこむ。

すごく積極的なような奥ゆかしいようなで、なんだかそれがすごくおかしい。

「これでＯＫ、きっと彼女はあのカードを取ってくれる。」

そういいながらその場を後にした。
あの後どうなったのだろう？
電話がかかってきたのかな？
結局最後まで聞けずじまいのままだったけど。

その場を後にした後、「だいじょーぶ、俺ムスリムだから。」という、ラジャ君とビーフカレーを食べて帰ったのでした。
うまかったです。インドのビーフカレー。

（ヒンドゥー教徒は牛を食べませんが、
ムスリムが多いカルカッタには牛料理を出す店も多少ある）]]></description>
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         <category>はじワル的旅とエッセイ</category>
         <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 20:10:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>インド旅行記3-物乞いの少年 </title>
         <description>インドにはたくさん物乞いがいる。
そのことにショックを受ける人も多いらしい。

僕は正直最初はなんとも思わなかった。物乞いならタイやインドネシアにもいくらでもいたし、手や足がなく、這って歩く人々なども珍しくない。
それを無視して通り過ぎることにもすでに慣れてしまっていた。

ただやはりインドが違うのは、圧倒的に子供が多いこと、妙に積極的なことだ。

とにかく断っても断ってもひたすらついてくるし、手を差し出すだけじゃなく、こちらの足や手をつかんで施しを要求したりもする。

それらのなかに子供が多いのはやはり悲しいものがある。

いつも通る町の角に、ちりちりパーマーの少年がいた。いつも元の色がわからないくらいうす汚れた白いシャツを着ていて、足元は裸足、たぶん小学校高学年くらい。

最初は少年に会ったとき、彼は腹を押さえ足を引きずりながら、いまにも死にそうな様子で、

「ミスター、あんたが恵んでくれないと夕飯が食えないんだよ。頼むよ。昨日も何も食ってないんだ、ミスター。」

と哀れな声を出してついてきた。その様子があまりに気の毒で、俺があげなきゃほんとうに死んじゃうんじゃないかこの子は、というような気分になって、数十ルピーを渡した。
すると、とたんに元気になり、どこかいたずらっ子のような笑みを浮かべて、

「サンキュー！ミスター！でももっとくれ！もっと」

と、さらに手を差し出してきたのである。

最初死にそうだと思ったのは、実に迫真の演技だったのだ。
そう思うとなんだかしてやられたような気分だ。

そんなことがあってから、その少年は、いつも俺を見ると一目散に飛んでくるようになった。やったまたあのカモの日本人が来た！と。

そうして当然のように手を差し出して、今度は最初会ったときと違い、ニコニコと子供らしいいたずらっ子の笑みを浮かべながら元気に叫ぶ。

「ミスター！あんたが恵んでくれないと、今日も飯が食えないんだ！」</description>
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         <category>はじワル的旅とエッセイ</category>
         <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 20:08:12 +0900</pubDate>
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         <title>インド旅行記2サダルストリート</title>
         <description><![CDATA[<img alt="indo2_1.jpg" src="http://www.hajiwaru.com/img/indo2_1.jpg" width="320" height="240" />

さて、インド到着初日の話。

カルカッタの空港に到着したのは深夜の二時過ぎ。

同時刻に到着したダッカからの便と並んで、その日の最終便だった。

そのため出国してすぐに、同じ便で来たインド人達はみなめいめい帰宅の途に着く。

ツーリストの一人や二人いるだろうと思っていたら、誰もおらず、空港にポツンと残されたのは僕だけである。

うーんこまった、こんなところは早めに出てしまおう、と
空港前に数台残っていたタクシーに乗り、
とりあえず名前だけは知っていた”サダルストリート”へ向かう。

”サダルストリート”はいわゆる安宿街というやつで、
世界中からバックパッカーを中心に旅行者が集まる街だ。

こういう安宿街は世界中いろんな町にあって、
バンコクのカオサンがなんといっても有名だけど、
宿はもちろん、飲食店、両替所、インターネットカフェなど、
旅行者に便利なものがだいたいそろっている。

とりあえずその国に初心者の間はこういうところにいれば、
必ず誰かしら日本人にも会えるし、
まあ、たいていのことは何とかなるようになっている。


最近では、さらに”沈没組”とか、”外こもり”とか
言って住み着いちゃうような人もいるようだ。


とはいうものの、僕はこういうところのど真ん中に泊まるのは
あまり好きじゃなくて、たいてい、こういう通りから歩いて五分以内程度の宿を選ぶ

、時刻は深夜二時を回っていたけれど、なんとかその日は宿を確保してほっと一息つく。

さてこのサダルストリート。明るい時間に歩くといろんな人がいるのに気づくのだが、地元の人はこの手の町ではおなじみの、客引き、屋台、リキシャー、ハッパ売り、暇人とお決まりの人々ばかりなので、むしろ地元のインド人よりもここに来ている日本人や欧米人のほうが面白かったりもする。

浮浪者の家族に混じって、道端に座り込み、なにやら一所懸命話を聞いている白人の中年女性がいたと思えば、その向かいには、えたいの知れない呪術的な模様を顔に書いて、いろいろキメちゃってる感じの白人男性がいて、そのそばを本場のサドゥー顔負けの年期入ったドレッドヘアの日本人男性が通り過ぎる。

なんで、そんなことをしてるのか聞いてみたいところだけど、まあここはインドだしな、みんないろいろ思うところあるんだろうな。

なんだか、こーいうところでは他人の行動をあまり気にとめなくなるような気がするなあ。]]></description>
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         <category>はじワル的旅とエッセイ</category>
         <pubDate>Tue, 21 Jul 2009 11:09:25 +0900</pubDate>
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         <title>インド旅行記１カルカッタ</title>
         <description><![CDATA[<img alt="indo1_1.jpg" src="http://www.hajiwaru.com/img/indo1_1.jpg" width="320" height="240" />

<object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/a5ZbAXUP4VM&hl=ja&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/a5ZbAXUP4VM&hl=ja&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

おかしい・・・ 

どう考えてもおかしい。 


今回は僕にとって初めてのインドである。 

それこそ、ベテランの旅行者なんかと話したりすると、 
インドは行きましたか？なんて必ず聞かれる。 

そこで「いや～インドはまだ行ったことないんですよ～」 
などとでもいうともう、このド素人めが！のような顔をされてしまう。 


さらにインドへ行くと、人生観が変わるとか、 
生まれ変わるとか、いろいろと大変なことが起こるらしく、 
そんな経験をした人たちには 

「ガンジーが非暴力が精神世界がサイババなのであーる。とにかくインドは偉大なのであーる」 

とインドの深遠さをとうとうと説かれてしまったりもするわけで、 
なかなかどうして、インドという国は、敷居が高い国なのだな、と 
勝手に思っていたわけである。 


なので、そもそも俺みたいな、キンチョー感の薄い日本人がインドに来たら、 
あっというまに悪徳商人や物乞いや野良牛とかに囲まれて、 
ぼられてだまされて、最後にはガンジス川に捨てられてしまうに違いない、 
と今日まで固く信じていたのだけれど、こうしてのほほんと街中を歩いていても、 
一向にだまされもせずぼられもしないし、ガンジス川にも捨てられそうな様子もない。 

せいぜい野良羊に囲まれるくらいである。 


さらに、「インドは必ず手でご飯を食べるのであーる。しかも左手は不浄の手だから、右手だけで食べなければならない。それがインド流であーる。」 

などといろんな本に書いてあるもんだから、一生懸命右手だけをつかい四苦八苦しながらパンをちぎってたりしたら、そんな風に手で食べてるのは、僕ととなりの白人カップルだけで、あとの普通のインド人たちは、フォークとスプーンで涼しい顔をして食べてたりする。 

とはいえ、さすがに、街角の食堂や、屋台なんかでは、インド人たちも右手で食べている。このあたりはさすが、子供のころから手馴れているだけあって、うまいものだ・・・ 

あれ、おいおい今、左手つかってねーか！？ 

実はインド人たちもよくよく見てると、左手も時々ちょっと使ってる。とはいえ、余計なことを言うときっと、ぼられてだまされて、ガンジス川に捨てられるのでやめておく。 


しかしまああれもこれも、とりあえず今のインドということなのであろうな。 

などとマクドナルドでマハラジャマックをぱくつくカップルを見ながら、思うのであった。 ]]></description>
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         <category>はじワル的旅とエッセイ</category>
         <pubDate>Mon, 20 Jul 2009 06:29:56 +0900</pubDate>
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         <title>PV撮影＆Remix コンテスト！</title>
         <description><![CDATA[<img alt="aura.JPG" src="http://www.hajiwaru.com/img/aura.JPG" width="400" height="533" />

本日はSweet Vacation 1stシングル、さよならマイデイズのビデオを撮影しています。

写真は、才能がありすぎてオーラが出てしまった某音楽プロデューサー。


さて、


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Sweet Vacation Remixコンテスト公開投票2次審査

を開始しました！。
<a href="http://www.myspace.com/sweetvacationremix">http://www.myspace.com/sweetvacationremix</a>

一時審査を突破した、個性豊かな10人の
リミキサーの作品が聞けます。
どれも力作ばかり！

ぜひチェック＆投票してください！


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そして、Remixコンテストと同じくmyspaceとの連動企画として、


東京エスムジカのボーカリストオーディションも行われています。

こちらも一時審査を突破した、ボーカリストたち、

ぜひチェック＆投票してみてください！
<a href="http://www.myspace.com/temvocalaudition">http://www.myspace.com/temvocalaudition</a>]]></description>
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         <category>はじワル的生活の極めて私的で詩的な日常のメモ、あるいは日記</category>
         <pubDate>Fri, 09 Jan 2009 20:12:48 +0900</pubDate>
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         <title>エスムジカ近況</title>
         <description><![CDATA[最近の僕といいますと、Sweet Vacationが忙しくて、
日々ばたばたしているせいか、エスムジカの方はどうなっとんねんと
各所からいろいろいわれておりますが・・。
8/20に<a href="http://www.amazon.co.jp/World%E2%80%99s-end-wonderland-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%A0%E3%82%B8%E3%82%AB/dp/B001AMRARI/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1228693720&sr=8-1">World's end wonderland</a>
をリリースしたあとライブとかやってないからね・・・。

それでも、時折ブログ等をのぞくと、エスムジカのファンが
暖かく待っていてくれたり、スイバケも楽しんでくれているのが
見えてちょーうれしいです。

同様にスイバケから俺を知ったという人も増えてきて、
エスムジカを聞いてみてくれたりもしてるみたいで、
こちらもちょーうれしいです。

製作面でもスイバケをやったことでエスムジカにもいい影響があったし、
エスムジカがあるから、スイバケをいい方向に振り切れるってのもある、
なにより、自分の精神面をきちんとコントロールできるようになったのが大きいね。

いま思えば、エスムジカのデビュー時はひたすら不安定だったんだよなあ。
エスムジカはわけもわからずいきなり全国区ＴＶドーンみたいなデビューだったので、
スイバケみたいに、ネットで地道にやってきたというのとはちょっと違うし。
（スイバケも結成からスピードデビューみたいに言われてるけど、実はエスムジカの方が早かった）
プレッシャーもつよかったしね。

あのころにくらべりゃどーんとしたもんよ！俺！

そんな経験もあって、今はスイバケのメジャーシングルに全力を投球していますが、
もちろんエスムジカのデモやスケッチも日々製作してます。
俺にとっては両方あって初めてバランスが取れるものだから、
その辺暖かく見守ってくれるとうれしいですよ～。

それに、エスムジカ×myspaceのボーカルオーディションも一次審査が終了し
まもなく二次審査が始まります。こちらもおたのしみに。
<a href="http://www.myspace.com/temvocalaudition">http://www.myspace.com/temvocalaudition</a>

あとWorld's end wonderlandはわれながら傑作なので、まだの人はぜひきいてくださいませませ。

でも、最近それ以外にもやりたいことあるんだよな。
どうしよう。どーんといっちゃうか！ ]]></description>
         <link>http://www.hajiwaru.com/2008/12/000739.html</link>
         <guid>http://www.hajiwaru.com/2008/12/000739.html</guid>
         <category>はじワル的生活の極めて私的で詩的な日常のメモ、あるいは日記</category>
         <pubDate>Mon, 08 Dec 2008 08:46:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>おじいさんのフルート。（長いよ）</title>
         <description>僕の手元にはフルートがひとつある。

古ぼけた、かび臭いグレーのケースに入ったそいつは、

あちこちがさびていて、油くさく、とても口をつけて音をだす気にはなれない代物だ。

それでもなんとなく捨てられないのでいるのは、

祖父の形見だからといって祖母からもらったものだからだ。

　祖父早川進は大正５年、麻布の国道一号線、飯倉交差点の程近く、今の港区神谷町でうまれた。
　一号線を飯倉から六本木方面へ数百メートルほど行って、一本脇に入ったところで、映画”三丁目の夕日”の舞台になったあたりだ。
　東京タワーともほど近いあたりだが、当然当時は東京タワーなどまだ無い。
　かわりに家の前には、東京市電という路面電車、（のちの日々谷線）が走り回り、にぎやかな交通の要所であった。

　進の父、早川彌左衛門は、中央交響楽団という日本初のクラシック楽団の団長で、副団長の山田耕作らと並んで、明治・昭和の日本のクラシック黎明期においてそこそこ知られた指揮者であった。
　時は昭和へうつり戦争へと傾いていく時代においてもなお、進の家は裕福で何ひとつ不自由のない暮らしを送っていた。

　彌左衛門はこのころ日本における木管楽器の普及に力を注いでおり、自然、進はフルートの教育を受けることとなり、学校を出た後オーケストラに入団することになる。なんのことはない、ほぼコネ入社のようなものといってもいい。
　進の弟が映画俳優をめざし独立したのにくらべると、要は要領のいい子だったんだろう。

　とはいえ、そんな平和な時代はつかのまにすぎ、すぐにあの泥沼の太平洋戦争の時代がやってくる。
　のうのうとオーケストラ暮らしをしていた進の元にもやがて赤紙という召集令状がやってくる。
　配属は海軍。
　場合によっては軍艦に乗って遠い戦地へと赴かなければならない。

　ところが、海軍には軍楽隊というブラスを主体としたオーケストラがあった。
　戦場へ向かう兵隊を鼓舞したり、軍艦マーチを鳴らしたりする楽団を映画などで見たことがあると思う。
　もちろん戦地にいく場合も多いが、たいていの場合オーケストラの団員達は、通信兵や、整備兵など、戦地へいかなくても良い場合が多かった。

　幸いフルートが吹けた進は、この団員となり通信兵として、東京四谷の海軍駐屯地に努めることとなった。
　さらに後には彌左衛門が海軍軍楽隊隊長という職につき、ここでも進はお偉いさんの息子ということで規律の厳しい軍隊の中でも比較的楽な立場にいた。
　ちなみに、このころ念願かない東映の映画俳優になっていた弟は南方の戦場へやられて戦死している。
　飛行機を眺めるのも好きだった進はもちまえのちゃっかりっぷりを発揮し、たびたび、作業をサボって抜け出しては、府中の飛行場などに電車を乗りついで遊びに行ってたそうだ。

　進が努めていた通信兵の詰め所には、ときどき、女の子達が来ることがあった。当時師団長クラスの士官たちにはそれぞれ、男女数名の若者が、秘書兼雑用係としてあてがわれることになっていた。
　とりわけ東京へ行ってお国へなにか奉公をということで、学校を出たばかりの１８，９の田舎の女学生達が志願しているケースが多かった。
　
　通信兵の詰め所においてあったガリ版（簡易印刷機）を借りに、この女の子達が時々やってくるのだ。
　男女六つにして席を同じうせず、の当時、普段から色気の無い生活を強いられている若い兵隊が、彼女達を意識しないでいられるわけが無い。
　進ももちろんその口で、彼にも気になる女性がいた。
　東北出身の色の白い、かわいらしい目の大きな女学生だ。
　奉公として志願してきて、海軍第十五師団の山本師団長の下で働いているらしい。

　ところが、士官直属の彼女たちは１８，９の小娘とはいえ、身分は下士官扱い。
　進はこのとき上等兵。当時の軍隊内の規律の上ではおおっぴらに口をきくとこっぴどくしかられてしまうのだ。

　なんとか上司にばれずに彼女達に話しかける方法は無いものか。
　そこで、進は一計を案じた。
　右手を上に腕組をして、そのまま右手をほどき頬の辺りに当てる、いまでこそオカマみたいだが、こうすると、一見考え事をしているようなポーズになる。
　また左から見る分には口の動きが見えない。
　こうして、上官の左側のドアの入り口のところに立ち、右側を通る女学生に話しかけようというのだ。

　この思いつきはうまくいき、女学生は最初は驚いていたものの、次第にきちんと言葉を交わせるようになっていく。
　とはいえ、時代も時代。言葉も「調子はどう？」などとふたことみこと交わせるのがやっとで、とてもデートに誘ったりできるような状態ではなかった。

　やがて、東京大空襲などの悲惨な戦争末年を経て、終戦となる。
　海軍駐屯地でも8/15日、ラジオの玉音放送が流された。
　涙ぐむもの、やがて来る占領軍のことを恐れてパニックになるものなど大変な騒ぎになった。

　ところが、これでおおっぴらにしゃべれると思った進、おおあわての周囲をよそにすぐに女学生のところへ出向き、「結婚してくれ」と申し込んだのだ。
　この女学生がのちの僕の祖母となる。
　先のことなど誰もわからない時代。どさくさ紛れの結婚だった。

　さて、こうして戦後、日本の大混乱の時代が訪れた。
　まして、クラシック音楽どころではなかったのだ。
　このころ、元来、体の弱かった、父、彌左衛門は、海軍軍楽隊も中央交響楽団も退き、音楽界の第一線からは退いていた。
（なお、海軍軍楽隊は内藤清吾が跡を継ぎ東京消防庁音楽隊となり、中央交響楽団は山田耕作が跡を継ぎ、東京フィルハーモニー交響楽団として、現存する）

　混乱の時代、いっかいの音楽家が生き残っていくのは大変な時代である。
　ましてやクラシックの一演奏家などそう簡単にお金にはならない。おまけに、結婚の翌年にはすでに長男が生まれていた。
　進にはいまや養っていかなければならない家族ができたのだ。

　しかし、このころ、進はある情報を聞きつけていた

「進駐軍は食事の時にかならず、演奏を聴きたがる。それもジャズ音楽だ。」

　まだレコードや、ラジオの店内ＢＧＭも気軽に設置できない時代、生演奏の需要は多かった。
　そこで進はすぐに、フルートをベースに持ち替え、ジャズを練習するようになる。
　クラシックの教育しか受けたことの無かったボンボンにとって、ジャズはまったく未知の音楽だった。
　しかしすぐに進はその先進的な響きのとりことなり、めきめきと腕を上げ、ジャズマンとして夜な夜な進駐軍相手のレストランで演奏をして稼ぐようになった。
　まだまだ、ジャズの演奏家の少なかった時代、進のバンドの評判は上々、あちこちのレストランに引っ張りだこの状態となる。

　やがて、それを見ていて、やはり血が騒いだのか隠居状態であった彌左衛門も、指揮棒をバイオリンに持ち替え、ジャズバンドに参加するようになる。
　かつてはオーケストラの団長として活躍していた人物が突然ジャズのような低俗とされる音楽をやることに抵抗もあっただろうが、明らかに時代は変わっていたのだ。
　彌左衛門の参加は昭和二十四年に死去するまで続いた。

　進はバンド活動を続ける。今日は広尾に明日は神田にと演奏の日々が続く。
　そして、進がジャズの演奏家として、活動する間、戦後数十年をかけ、高度経済成長期を経験し、日本は少しづつ豊かになっていく。
　またレコードも気軽に手に入れられるようになり、ラジオ・テレビの普及により少しづつ生演奏の機会は少なくなっていった。

　そこで、進は東京神谷町の自宅の敷地を利用して、アパート経営を始めるが、このアパートはしだいに音楽家志望の若者が集まるところとなり、のちに”上を向いてあるこう”などで有名になる中村八大や当時の流行歌手らが住みつくようになる。また銀座の夜の女性達、まだ結婚前のデビ婦人らなども遊びにきてドンちゃん騒ぎをし、近所から煙たがられる名物アパートとなる。
　当然経営ももちまえのいい加減さで、ほとんど祖母任せ、いかんせん生活は苦しかったようだ。

　そして、気がつけば進も54歳になっていた。ちょうど、父彌左衛門がなくなった年だ。
突然進はこう宣言する。

「俺はもう仕事をやめる！」

「親父は体が弱いのに仕事をしたから死んだ。俺も親父の死んだ年になった。だから仕事をやめる。」

という周りからみたらまるで意味不明の宣言をして、それ以後は一切仕事をやめてしまった。
それ以降いちどもフルートもベースも手にすることは無かった。

僕の見た、祖父の姿は、それ以後のまさに好々爺という姿だけだ。


そんな祖父も無くなって、もう十年以上がたつ。
神谷町の家もアパートも今は誰かの大きなビルになっている。

祖父がフルートを吹いたり、ジャズをやったりする姿は想像もつかない。
常にどこかひょうひょうとしていて、真剣に怒ったり、なにかに熱くなっている姿をほとんど見たことが無い。
、祖父はあくまで一介の無名の演奏家として終わり、なんの作品も記録も残っていない。
しかし大変な時代を一人の音楽家として生きたことは確かだ。

祖父の唯一の音楽の痕跡がこのフルートなのかもしれない。</description>
         <link>http://www.hajiwaru.com/2008/10/000738.html</link>
         <guid>http://www.hajiwaru.com/2008/10/000738.html</guid>
         <category>はじワル的生活の極めて私的で詩的な日常のメモ、あるいは日記</category>
         <pubDate>Thu, 02 Oct 2008 13:52:22 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>Cafe イベントSpice</title>
         <description><![CDATA[来週金曜の夜はこちらのイベントに参加します。

Woolyという雑誌を出しているCharmy＆Babyと、myspace.cafeのコラボ企画です。
とはいえ、肩の力を抜いたCafeイベントなのでみなさん気楽に遊びに着てね。

---------------------------
<SPICE>

Wooly×MySpace.cafe EVENT

@ daikanyama cafe PIKEY
http://www.myspace.com/cafepikey_daikanyama

open/20:00
close/22:00

Door/1500YEN(1drink込み）

■ART■

xion
http://www.myspace.com/xion_cc

■DJ■

・早川大地(東京エスムジカ、Sweet Vacation）

・Alex Einz
http://www.alexeinz.info/
http://www.myspace.com/alexeinz


～普段の変わらない日常にちょっとしたスパイスを提供したい～

そんな願いをこめて、Wooly×MySpace.cafe EVENTとうとう開催です！
Woolyとcafe PIKEYが自信を持ってレコメンドするクオリティーの高い選りすぐりのアーティストとクリエイターをお迎えして
、みなさまにいつもとは少し違った素敵な時間をご提供いたします！
ARTとMUSICに触れながら、出会いやお食事をお楽しみください。

※お越しいただいたみなさんには、もれなく最新号のWooly＆SPICE開催記念xionさん描きおろしイラスト（当日限定配布！）をさしあげます！

みなさまのご参加、お待ちしております。
]]></description>
         <link>http://www.hajiwaru.com/2008/09/000737.html</link>
         <guid>http://www.hajiwaru.com/2008/09/000737.html</guid>
         <category>はじワル的生活の極めて私的で詩的な日常のメモ、あるいは日記</category>
         <pubDate>Sat, 20 Sep 2008 04:06:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>地球家族＆サマック三分クッキング。</title>
         <description><![CDATA[<img alt="chikyukazoku.jpg" src="http://www.hajiwaru.com/img/chikyukazoku.jpg" width="500" height="500" />

へやのすみっこから出てきて、ひさびさに熟読してしまった写真集

地球家族
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%AE%B6%E6%97%8F%E2%80%95%E4%B8%96%E7%95%8C30%E3%81%8B%E5%9B%BD%E3%81%AE%E3%81%B5%E3%81%A4%E3%81%86%E3%81%AE%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%97-%E3%83%9E%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88/dp/4887061056">http://www.amazon.co.jp/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%AE%B6%E6%97%8F%E2%80%95%E4%B8%96%E7%95%8C30%E3%81%8B%E5%9B%BD%E3%81%AE%E3%81%B5%E3%81%A4%E3%81%86%E3%81%AE%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%97-%E3%83%9E%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88/dp/4887061056</a>

ピーター・メンツェルというドイツの写真家の作品で、

世界三十カ国の普通の家族を訪ねて一週間いっしょに暮らし、

家の中のものを全部表にならべて、一緒に家族のポートレイト写真を撮るというもの。

アイスランド、エチオピア、モンゴル、それに日本、などなど

いろんな国の様式が垣間見れておもしろいのです。

さらにこの人は

○普段の朝飯は何ですか

○いままで泥棒にぬすまれたものはありますか

○家族それぞれが一番大切なものは何ですか

といったアンケートも行っていたりする。


人々のことを、とりわけ違う文化の中で生きる人々を理解したり、描いたりするのは

地理的なことや政治的なこと歴史的なことじゃなくて、

実はこういったなんでもない切り口なんだってことは

という部分はすごくわかる。


別に外国の人のことだけじゃないかもね。

本屋で一番最初に向かうコーナーだったり、

待ち合わせに早くついて、時間が空いたときにする暇つぶしだったり、

そんなことが積み重なって人を作ってたりもするんだよね。

------------------------------
首相が辞任する、しないでデモが起きたり、

夜間外出禁止令がでたりして政情不安だったタイですが、

当のサマック首相、この人は料理が趣味なのですが、

エプロン姿で料理番組に出てギャラをもらってたせいで

法律違反となり、内閣総辞職だそうだ。

なんだそりゃ。

<a href="http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-33665620080909">http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-33665620080909</a>]]></description>
         <link>http://www.hajiwaru.com/2008/09/000736.html</link>
         <guid>http://www.hajiwaru.com/2008/09/000736.html</guid>
         <category>はじワル的生活の極めて私的で詩的な日常のメモ、あるいは日記</category>
         <pubDate>Wed, 10 Sep 2008 22:14:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ラウンジパーティー@三茶DUNE!!!</title>
         <description><![CDATA[<img alt="airgarden01.jpg" src="http://www.hajiwaru.com/img/airgarden01.jpg" width="966" height="597" />
こんばんは。三茶のバーでラウンジします。

３０人はいればいっぱいになるバーの、
ゆるゆるラウンジ。
来週金曜日の夜9時半から朝5時まで

エントランスフリーなのでふらりと飲みにきてくれればおっけーす。
金曜の夜に飲みたい時は、フラリときてくださいな
おひとりさまだいかんげいー。



―Air Garden Vol.1―

9/12 Fri @三軒茶屋DUNE
21:30 start 5:00 close Entrance Free !!

Access
<a href="http://www.djbar-dune.com/map.html">http://www.djbar-dune.com/map.html</a>

DJ’S:
Sizk (GardeN)
早川大地(東京エスムジカ, Sweet Vacation)
eighteen degrees（Ken Arai)
KOHSUKE (Galaxy , Air Groove)
TAKI-SHITT
Vivi
YUTA (otooto22.com)

VJ’S
SHADOW a.k.a 影絵師・筒井秀実]]></description>
         <link>http://www.hajiwaru.com/2008/09/000734.html</link>
         <guid>http://www.hajiwaru.com/2008/09/000734.html</guid>
         <category>はじワル的生活の極めて私的で詩的な日常のメモ、あるいは日記</category>
         <pubDate>Sun, 07 Sep 2008 11:26:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>東京エスムジカ myspace</title>
         <description><![CDATA[東京エスムジカmyspaceTOPにてフューチャー開始！

<a href="http://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=music">http://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=music</a>
<a href="http://www.myspace.com/ethmusica">http://www.myspace.com/ethmusica</a>

いやーWorld's end wonderlandこれいいアルバムだよ。
まだの人はぜひきいてくださいな。
エスムジカ　ウソツカナイ。
ハヤカワダイチはウソツキだけど

あとフォトギャラリーに写真とか追加したんでごらんあれ。

実際に旅した町の姿や、各国でのレコーディング風景です。

*写真ページに掲載されてる写真はアーティスト近影、ジャケット写真を除き、モンゴル、ウイグル、ルーマニア、インドネシアでの撮影は旅に同行した盟友のフリーカメラマン石井幸夫氏の撮影によるものです。インドネシアの一部、台湾、中国、香港、タイ、エジプト、トルコ等での撮影は早川大地の撮影によるものです。]]></description>
         <link>http://www.hajiwaru.com/2008/08/000733.html</link>
         <guid>http://www.hajiwaru.com/2008/08/000733.html</guid>
         <category>はじワル的生活の極めて私的で詩的な日常のメモ、あるいは日記</category>
         <pubDate>Thu, 28 Aug 2008 20:15:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>おすすめＣＤ二枚</title>
         <description><![CDATA[Obsession/Hevia
Afro Celt Sound Sysem/Anatomic

をずっと流してたらすっかり眠ってしまった。
昼間だってのに～。

どちらもバグパイプ主体のサウンドが遠くへつれてってくれる

特にAfro Celt Sound Systemのmojaveはおすすめ。
<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=KfgBz89sxMA">http://jp.youtube.com/watch?v=KfgBz89sxMA</a>
開始五分過ぎくらいからがいい感じ。

あーどっかいきてー。って最近こればっかりだな。

]]></description>
         <link>http://www.hajiwaru.com/2008/08/000732.html</link>
         <guid>http://www.hajiwaru.com/2008/08/000732.html</guid>
         <category>はじワル的生活の極めて私的で詩的な日常のメモ、あるいは日記</category>
         <pubDate>Thu, 28 Aug 2008 01:08:53 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>
